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ぶらり太子通信

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糸の井  
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朝日山西の山麓にある、清水がこんこんと湧き出ていた泉で、播磨名水のひとつといわれています。朝日山におられた顕実上人の硯水とも伝えられています。 いろいろの木の葉流るる糸の井はゆきき人のしるしとぞきく 顕実上人
大津茂川のお姫様  
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むかし、楯岩城には十歳になる美しいお姫様がいました。 ある、秋の夕暮れ時、二〜三百の敵兵士が攻め込み、見方は無勢で敗北したとの知らせが届きました。 驚いた殿様は、大急ぎでお姫様に逃げるように命じ、お姫様が山を降り、小舟に乗って大津茂川を下り、ちょうど浄因寺の辺りまで来た時、山を見ると、城は焼け落ち、みな討ち死にしてしまっていたのでした。 お姫様は、あまりの悲しさに涙がとめどなく流れ、その涙のなかで優しい里人達との楽しい夏の盆踊りや、秋祭を思い出していました。 「父や母、家来たちのあとを追って死のう。」 そして里人達のために大津茂川の主となって、川の流れが絶えないように守ろうと決心して、大津茂川に身を投げたそうです。 それから、大津茂川に水のかれることはなくなったそうです。 「風土記の里太田民話の伝承 柳沢 忠著」
太田の地蔵尊  
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旧国道沿い北側に、土地の人々から「太田の地蔵さん」の愛称で信仰されている地蔵菩薩があります。奈良時代の高僧行基が建てたと伝えられています。 ※行基=民間布教に専念し、各地に道や端、池などを造り人々の為に働きました。聖武天皇に敬重され、奈良東大寺大仏を建立しました。
阿曽地蔵尊  
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旧国道沿いに長寿を祈願して安坐されている大きな地蔵菩薩。弘化2年建立と伝えられています。
オバサのきつね  
平方村に住む弥平という医者が、オバサのいたずらきつねを生け捕りにすることを考えました。籠を準備し、黒焼きにしたネズミを内にぶら下げていたら、 「先生、急病人や。はよ見に来てくんろ。」と広坂村から来たという人がセカセカ…と告げ、自ら弥平医者を引っ張るようにして病人の家まで案内しました。 ところが、案内された家には病人はなく皆元気で、誰も医者を呼びに行った者がないといいます。 「不思議な事やなぁ。」と思いながら帰ってみると、きつね取りのネズミが無く…。 コレコレ「きつね」に騙されたということに気がついたとか。 ※小笹(オバサ)峠は明神山と坊主山の間。

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