観光マップ

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行道岡・黒駒蹄跡  
太子行道の岡ともいいます。 山頂に十畳ほどの岩があり、その表面にある無数のくぼみは、聖徳太子の駒の蹄跡と伝えられています。その傍らに昔は駒つなぎの松がありました。この木が妙なる異香を放っていたので、異香留我(いかるが)の地名がついたという話もあります。
さざんか 〔町指定文化財]  
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斑鳩寺庫裏の庭前と玄関脇に、こぶだらけの古木の風格を漂わせた見事な「さざんか」が二本あります。昭和五十六年に町指定天然記念物に指定されました。
稗田神社  
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古代より続いた由緒あるお宮です。 祭神は阿礼比売命(稗田阿礼)とも、また、聖徳太子の妃膳婦人を奉祀しているとも伝えられています。 稗田阿礼 生没年未詳。天武天皇側近の舎人(とねり)。 650年頃の生まれだと思われる。聡明で抜群の記憶力を有し、天武天皇の命で帝紀(天皇の系譜)や旧辞(神話・伝説)を誦習したといいます。 これを太安万侶が書写して「古事記」が出来ました。 ※下の写真は、斑鳩寺境内 ※住所:揖保郡太子町鵤926 ※℡:079-276-0577
石海神社  
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創立年月日は不詳ですが、楠の大木が生茂り、古灯篭や、拝殿の絵馬が時代を物語っています。 明治32年に本堂を再建。 ※舎人親王=日本書紀の編集者。 *崇道盡敬皇帝と追諡される。 *第40代天武天皇の第三皇子、御母は持統天皇です。 *旧石海村の産土神です。 ※住所:揖保郡太子町宮本168 ※℡:079-276-0833
斑鳩寺  
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法隆寺領播磨国鵤荘の中核として創建された霊刹。 仁王門・講堂・聖徳殿・三重塔など伽藍配置は法隆寺によく似ています。往古には、七堂伽藍、十数の子院が甍をならべ壮麗を極めましたが、出雲の尼子氏の侵入で播磨が混乱していた天文10年4月7日の夜明け前の出火で全焼していしまいました。その後、楽々山円勝寺の円光院昌仙らが龍野城主赤松下野守正秀らの援助を受けて永禄年間までにほぼ再建しました。「お太子さん」として広く信仰を集めています。 <斑鳩寺の歴史> 聖徳太子が、推古天皇14年(604年)に飛鳥の豊浦宮(とようらのみや)、今の橘寺において、推古天皇の御前にて勝鬘経を講話されました。推古天皇は大いに喜ばれて聖徳太子に播磨国揖保郡の水田百町を寄進されました。聖徳太子はその地を「斑鳩荘」と名付けられ、一つの伽藍を建てられたのが斑鳩寺の始まりです。 聖徳太子は斑鳩寺を法隆寺に寄付されました。以後法隆寺の荘園として千年近くにわたり栄えました。 ※入場無料。宝物殿のみお一人300円。団体は250円。 ※住所:揖保郡太子町鵤709 ※℡:079-276-0022 ◎木造聖徳太子立像 太子堂に植髪の聖徳太子像が安置されています。着衣し、上に袈裟をまとわれています。斑鳩寺にとって太子信仰の中核となる尊像で、この太子像に対して在地の信仰は並々ならぬものがありました。 ■聖徳太子勝鬘経講讃図 〔国指定重要文化財〕 法隆寺伽藍縁起并流記資材帳、戌午年(598)4月15日の聖徳太子講経のありさまを描いたものです。

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