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稗田神社

● 古代より続いた由緒あるお宮です。
祭神は阿礼比売命(稗田阿礼)とも、また、聖徳太子の妃膳婦人を奉祀しているとも伝えられています。

稗田阿礼
生没年未詳。天武天皇側近の舎人(とねり)。
650年頃の生まれだと思われる。聡明で抜群の記憶力を有し、天武天皇の命で帝紀(天皇の系譜)や旧辞(神話・伝説)を誦習したといいます。
これを太安万侶が書写して「古事記」が出来ました。

※下の写真は、斑鳩寺境内

※住所:揖保郡太子町鵤926

※Z:079-276-0577
稗田神社

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稗田神社

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太子町立歴史資料館

● 太子町の歴史が詰まった資料館です。

住所:揖保郡太子町鵤1310-1

Z:079-277-5100

定休日:火曜日
太子町立歴史資料館

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斑鳩寺

● 法隆寺領播磨国鵤荘の中核として創建された霊刹。

仁王門・講堂・聖徳殿・三重塔など伽藍配置は法隆寺によく似ています。往古には、七堂伽藍、十数の子院が甍をならべ壮麗を極めましたが、出雲の尼子氏の侵入で播磨が混乱していた天文10年4月7日の夜明け前の出火で全焼していしまいました。その後、楽々山円勝寺の円光院昌仙らが龍野城主赤松下野守正秀らの援助を受けて永禄年間までにほぼ再建しました。「お太子さん」として広く信仰を集めています。

<斑鳩寺の歴史>

聖徳太子が、推古天皇14年(604年)に飛鳥の豊浦宮(とようらのみや)、今の橘寺において、推古天皇の御前にて勝鬘経を講話されました。推古天皇は大いに喜ばれて聖徳太子に播磨国揖保郡の水田百町を寄進されました。聖徳太子はその地を「斑鳩荘」と名付けられ、一つの伽藍を建てられたのが斑鳩寺の始まりです。
聖徳太子は斑鳩寺を法隆寺に寄付されました。以後法隆寺の荘園として千年近くにわたり栄えました。

※入場無料。宝物殿のみお一人300円。団体は250円。

※住所:揖保郡太子町鵤709

※Z:079-276-0022

◎木造聖徳太子立像

太子堂に植髪の聖徳太子像が安置されています。着衣し、上に袈裟をまとわれています。斑鳩寺にとって太子信仰の中核となる尊像で、この太子像に対して在地の信仰は並々ならぬものがありました。

■聖徳太子勝鬘経講讃図 〔国指定重要文化財〕

法隆寺伽藍縁起并流記資材帳、戌午年(598)4月15日の聖徳太子講経のありさまを描いたものです。
斑鳩寺

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斑鳩寺

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斑鳩寺

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三重塔 [国指定重要文化財]

● 斑鳩寺伽藍のうち最古の建物です。天文10年の斑鳩寺全焼の後、永禄8年に再建され、露盤には永禄5年に龍野城主赤松下野守正秀が天下太平を祈願して発願したという銘文が刻まれています。均斉がとれた壮麗な姿で、西播磨地方に残る古建築のうち最初に国指定重要文化財になりました。
三重塔 [国指定重要文化財]

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聖徳殿前殿 〔県指定文化財〕

● 聖徳太子十六歳孝養像を安置する伽藍。天文10年の全焼後、一番最初に再建されました。江戸時代の寛文5年(1665)に再築され、また、明治43年から、大正5年にかけて従来の太子堂に、法隆寺夢殿を模した奥殿(八角二重円堂)・中殿が増築されました。
聖徳殿前殿 〔県指定文化財〕

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